1893年(明治26年)、創業者である御木本幸吉が世界で初めて真珠養殖に成功して110余年。
日本の近代宝飾文化を築き上げ、今もなお業界をリードし続ける存在であるミキモト。

その国際化の歴史は、遥か昔に遡る。
創業直後、日本の輸出品が少なかった時代から各国の博覧会に真珠を出品するなどパブリシティを意識した積極的な海外戦略を展開。
1913年(大正2年)のロンドン支店開設をはじめ、ニューヨーク、パリなどでの事業展開も効を奏し、「ミキモトパール」の名は世界の女性の知るところとなった。

いつの時代にも、その名に恥じぬ品質・独創性・サービスを追求し、1世紀以上にわたり築き上げてきたブランド、信頼、国際性。
これらはミキモトの貴重な財産となっている。
そしてその維持と発展のためには、今まで以上の企業努力とたゆまぬ向上心が必要となる。

ビジネスの舞台を着実に世界に広げ、すでに世界にその名を馳せる企業へと成長した今、ミキモトが目指す21世紀のビジョンは、「国際的総合宝飾企業」としての、さらなる発展である。
新世紀に向けて、ミキモトの新たなチャレンジが始まっている。

 
 
御木本幸吉 鳥羽に生まれる
実験中のアコヤ貝より半円真珠5個を発見、世界初の真珠養殖に成功
京橋区弥左衛門町(現・銀座4丁目並木通り)に御木本真珠店を開設
3カ月に及ぶ赤潮により英虞湾で85万個の養殖貝死滅、この中から真円真珠5個を発見
御木本真珠店、銀座通り(現・銀座4丁目)に移転
日本初の本格的な西洋装身具工場、御木本金細工工場を開設
ロンドン支店開設を皮切りに海外進出開始
大阪支店開設
ロンドンとパリの一部新聞より、御木本の養殖真珠は模造品だと報道され、
フランスではミキモトパールの輸入禁止運動が起きる
帝国ホテル店(現:帝国ホテルアーケード店)開設
ミキモトパールを模造品とするパリでの係争事件、御木本側全面有利のうちに終結(パリ裁判)し、養殖真珠が宝石として世界的に認められる
ニューヨーク支店開設
パリ支店開設
神戸商工会議所前で幸吉自ら粗悪真珠を焼却、良品販売の模範を示す
御木本綜合真珠研究所(現:ミキモト真珠研究所)を開設
戦況拡大により海外支店を閉鎖、国内でも事業規模を縮小
国定教科書に幸吉の事績が掲載される
真珠養殖・加工卸・輸出を事業目的とする御木本真珠株式会社を多徳に設立。真珠の小売り、装身具の製造・加工を事業目的とする株式会社 御木本真珠店を銀座に設立
御木本幸吉死去、勲一等瑞宝章受章
香港に現地法人御木本真珠宝有限公司設立
名古屋支店開設
株式会社御木本真珠店と有限会社御木本真珠会社(旧:御木本真珠株式会社)が合弁
株式会社ミキモト設立
ニューヨーク支店、五番街に小売店舗を開設
現地法人ミキモトアメリカを設立
現地法人ミキモトフランスをパリ・ヴァンドーム広場に設立
横浜店(現:横浜元町店)開設
御木本真珠発明100周年記念事業を展開
ロンドン店、ニューボンドストリートに開設
コスタメサ店、コスタメサ・サウスコーストプラザに開設
クアラルンプール店、KLCCに開設
銀座出店100周年記念事業を展開
ラスベガス店開設
横浜ランドマーク店開設
ビバリーヒルズ゙店、リージェント・ビバリー・ウィシャーに開設
ミキモト真珠発明110周年記念事業を展開
IFC店、香港に開設
ミキモト上海店を上海プラザ66に開設
MIKIMOTO Ginza 2、銀座2丁目に開設
サイアム・パラゴン店、タイに開設
「株式会社ミキモト博多真珠養殖」を設立し、福岡県で真珠養殖事業を開始
ヴェネチアンリゾートホテル店、マカオに開設
リージェントホテル店、台湾・台北に開設
新光天地店、中国・北京に開設
エレメンツ店、香港に開設
パビリオン店、クアラルンプールに開設
瀋陽店、中国・瀋陽に開設
御木本幸吉生誕150年記念事業を展開
成都店、中国・成都に開設
東京大学・独立行政法人沖縄科学技術研究基盤整備機構(OIST)、御木本製薬株式会社と共に真珠研究に関する国際シンポジウム「The International Symposium on Pearl Research」を開催
ロンドンの「Harrods」内に出店